あなたには才能がない?──才能はポイント制

歳を取っている人ほど『自分には才能がなかった』といいますが──もしあなたがまだ若いのに「自分には才能がない」と思っているなら感性がオジサン化してますので気をつけましょう──ぼくは、才能はみんな共通して持っていると考えています。

しかし世の中は、一部の人だけが、億万長者になり、世界的なスポーツ選手になり、有名人や人気者になっています。

そんなすごい人がいる一方で、若いころのぼくは、就職もできず、ビラ配りの日雇い労働をする日々でした。

いったい、ぼくとビルゲイツはどこが違うのか?

まぁ比較するのもおこがましいですが(^^;、そんな妄想でもしないと8時間も延々とビラ配りなんてやってやれませんでしたし。

そんなふうに空想を巡らせた結果、ちょっとしたフィクションを考えました。

『才能はポイント制』というお話です。最近ふと思い出しまして。

まったくの四方山話ではありますが、まぁちょっとお付き合いください。

 

 

◆神様はいいました

ぼくたちが生まれる前、神様はいいました。

「キミに100ポイントあげるから、自分の好きな才能にポイントを割り振っていいよ」

RPGのパラメーターのごとく、そこにはずらっと、たくさんの才能が列挙されています。

・知力
・体力
・運のよさ
・かっこよさ
・最大HPに最大MP(?)

以上のような基本的なパラメーターから始まって『知力』の中を覗けば、

・数学の素養
・文章の素質
・絵を描く能力
・情報を操る力
・工学を理解する適正
・心理を読み解く心得

などなど、それはもう膨大な才能があります。

しかしぼくたちは、100ポイントしか与えられていませんので、その膨大な才能の中から、自分好みの才能を厳選する必要があるわけです。

その選び方によって、来世の人生が決まってくるのですから慎重です。

 

たとえばぼくだったら──体力や運にはポイントをさほど割り振らないで、知力の中でも、文章書いたり絵を描いたり、情報を操ったりする才能に傾斜配分するでしょうね、間違いなく。そういう性向ですから(^^;

でも人によっては、まんべんなくポイント配分する人もいるでしょう。

重要なのは、選んでいるのは、ぼくたち本人だということ。神様に与えられたのはポイントだけで、どのような才能がほしいかは自分自身が選んだわけです。だからいいわけはできません。

そしてどう選ぶかは、前世の前世のそのまた前世から、連綿と引き継がれているあなたの本質に起因します。簡単にいえば『あなたの好み』です。

波瀾万丈な人生でないと生きた気がしない人は、才能ポイントを偏って配分するでしょう。安定した人生じゃないと安心できない人は、才能ポイントをまんべんなく配分するでしょう。

そうやって生まれてきたのがぼくたちですから、才能が目立つ・目立たないの違いはあるものの、どんな人間にも何かしらの才能があるわけです。

 

 

◆天才の作り方

『才能はポイント制』ならば、世の中にはどうして天才がいるのでしょうか?

天才は、2タイプに分かれます。

天才タイプ1つ目は、才能ポイントの配分を、神様の想像以上に偏らせて配分した人。

神様は、才能ポイントを与えるとき、ぼくたちにアドバイスしました。

「人としてそれなりに幸せになりたいのなら、知力・体力・運の良さ・カッコ良さに、最低でも5ポイントは付与したほうがいいよ」──と。

99%の人は、その神様のアドバイスに従うのですが──1%の人はどういうわけか「いや、オレは来世ではとにかく女の子にモテまくりたい!」と考えてしまい、カッコ良さに100ポイントすべて割り振ったりします。

たとえば歴史に名を残した偉人で、生きている間に才能を認められなかった人(たとえば画家など)は、このタイプじゃないかなと。『運の良さ』が足りなさすぎたのでしょう。

天才タイプ2つ目は、ボーナスポイントをもらえた人。

前世でとてもよいことをすると、神様からボーナスポイントがもらえる、というのがこの才能ポイントの隠し設定です。

「キミは、前世でたくさんの人を幸福にしたから、来世では120ポイントあげよう」──ってな感じです。

才能ポイントが多いため、当然、他者より抜きんでた才能が得られます。才色兼備タイプがこんな感じでしょう。

 

◆人間、才能を発揮できたときに喜べる

ぼくは、前世で平々凡々に生きてきたクチでしょうから、100ポイントしか与えられなかったことでしょう。というか大多数が100ポイントです。

でも安心してください。100ポイントあれば、この世で十二分に幸せに活躍できます。

人間、自分で選んだ才能を存分に発揮できたとき、初めて『本当の喜び』を得ます。

ということは、ボーナスポイントを付与された天才は、喜びを感じる沸点も高くなり、一般人よりたくさん努力して、たくさんの人を喜ばせなければ満足できない、というデメリットもあるわけです。

 

◆自分が選んだ才能をどうして覚えていないのか?

あの世で何ヶ月もかけて選びに選んだ才能ですが、オギャーと生まれた瞬間に、どの才能を選んだのかは忘れてしまいます。

どうして忘れてしまうのでしょうか?

それは、この世の『人生ゲーム』をより楽しむためです。

 

ぼくは子供の頃、シムシティというゲームにハマりました。シムシティとは、都市をコツコツ作り上げていくシミュレーションゲームです。村から始まり、税のバランスを整え、地道に地道に町にして、都市にして、首都にする、というゲームですね。

これが妙に面白くってやりこみました。でも1ヶ月もすると、育成スピードにしびれを切らし──データ改ざんしてしまいまして(^^; 子供の頃からとことんITオタクですね。

裏ロム使って資金をMaxにすると、そりゃもう、街を拡張し放題。何ヶ月もかけてコツコツ作っていた箱庭は、数時間で一大首都になりました。

で、そのあとは?

やることがなくなり、首都を愛でるのにも飽きてきて──

──なんと、自らの理想郷を自らが破壊してしまったのです!

 

つまり『ゲームは難易度が低いとつまらない』ということです。もしぼくたちの『人生ゲーム』の難易度が低すぎたら──ぼくが街を破壊し始めたように、ヤバイ人達が跋扈する世の中になるかもしれません。

だから神様は、あの世の記憶を消した上で、ゲームをスタートさせました。

なかなかニクイことをしてくれますね?

 

◆大切なことは、自分が選んだと考えること

以上は四方山話でしたが、大切なことは『才能は自分で選んだ』と考えることです。

「自分には才能がない」ということは、裏を返せば「神様はぼくに才能を与えてくれなかった」といっているようなもの。

そのような他人任せの考えでは、いつまで経っても才能を見つけられませんし、才能を発揮できる出来事も引き寄せられません。

考え方一つ変えるだけで──「自分はどんな才能を選んだっけ?」と考え始めるだけで、自分の才能が徐々に浮き彫りになっていきます。

 

あなたの選んだ才能はなんだったでしょうか? ぜひ思い出してみましょう。